彩鳳舞丹霄☆前川 多仁の鬼魔愚零録☆

染織工芸を出自とした美術家、前川多仁の公式Blogです。

☆自分なんて無かった☆

なんだかネガティブなタイトルですが…。。。

 

僕らの世代なら、よくよく分かってくれると思うけど、、、。

 

子どもの頃は、集団生活に馴染むよう、いわゆる模範的な学生像というのがあって。。。

 

そんで、いまだに変だなぁ〜って思うのが、例えば人権ポスターとか描く授業があったりするの。

 

そこでも模範的な学生像ってのが暗黙の内にあって、たいてい、地球があって、握手してる手があって、虹があって…などなど…。。。

そういうのが、良い絵と言われるわけ。。。

 

まあ、その良し悪しは、とりあえず、また別の機会に話すとして…。。。

 

ところが、大学生(まぁ、僕は美術系の大学だったからなおさらの事だけど)になると、個性やアイデンティティを突如として求められるのです。。。

 

自分自身の表現とは何か?自分とは何者か?他の人にまさる個性はなにか?、、、そう、僕たちが受けてきたアカデミックな教育では、最重要事項として、いきなり自分探しが始まるのです。

 

僕は、それまでの義務教育と校則にしばられた高校生活から爆発し、自由に自分を表現していいんだって事に浮ついて、とにかく人と違う事、ちょっと変わったと言われそうな事を探しては友達と楽しんでたりした。

 

でも、結局、それらは憧れの誰かのマネであって、僕の個性でもアイデンティティでもなかったんだ。

 

そして、僕も当時の第何次かのバックパッカーブームに乗っかって、自分探しの王道であるインドへの貧乏旅へと出るのである。。。

 

なんで今回、こんな事を書くのかって言うと、たまたまさっき本棚を整理してたら、そのインド貧乏旅の写真がポロッと出てきただけだからなんだけど、、、。

 

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これはジャイサルメールというパキスタンとの境目のところで、砂漠地帯。

 

砂漠だから車が入れないところも多いので、ラクダとラクダを世話する道案内人兼料理人を雇って(と言ってもめっさ安い。。。当時はね。。。)、ラクダに乗って旅するの。

 

パキスタンとインドは仲が悪いので、軍人とラクダツアーの観光で生活してる現地人くらいしかいない街。

 

あっ、インド紀行なんか書いてたらキリが無いので…。。。とりあえず。。。

 

っで、結局、何が言いたいのかって。。。

 

結局ね、、、その後もいろんな国を訪れたり、ハイエースを改造して住めるようにして日本中を回ったり、、、僕なりに、いわゆる自分探しというのを、それなりに楽しくやっていたんだ。。。

 

でも、歳をとる度、それって社会から逃れてるだけで、もはや自分探しですらなく、、、しかも、個性もアイデンティティも、何も見つからなかったんだなぁ〜。。。

 

そしてアートという事に携わるようになって、それでも、アカデミックな教育の延長で、個性やアイデンティティって言う自分探しの中で僕なりにもがいていたんだ…。。。

 

でも、何年経っても自分ってのは全然見つからないんだ。。。

自分って何なんだって。。。

 

そして、大学を卒業して10年後、縁あって大学院へ戻る機会があり、そこで出会った哲学のY先生に僕は衝撃を受けたんだ。

 

Y先生とお話してたとき、Y先生は「アイデンティティってのは近代の幻想だよ。そもそも、そんなの無いんだよ」って。。。

 

僕はY先生のその何気ない言葉に、泣きそうだった、、、ってか、たぶん、見つからないように泣いてた、、、。

 

そうなんだよ、自分なんて探したって、そもそも無いだよ!!!

 

アカデミックな教育では、今でももしかしたら、個性とかアイデンティティとか求める事が重要とされているかもしれない。

 

もちろん、アートで食べていくためには、そうした、いわゆる他の人との「差別化」が必要な面もあるという事も理解できるし、実際、そうであろうとも思う。

 

だから、僕はそういう個性やアイデンティティを求めるアカデミックな教育や、世界に一つだけの花を咲かせたらいい理論とか否定はしてないし、そうであってもいいと思う。

 

でも、なんだろ、、、僕の場合はね、年々、個性とかアイデンティティとか、そういったものに興味が無くなってきているの。。。

 

この話をすると、こんな個性的な作品つくってる人が、なぜにっ!って良く言われるんだけど。。。笑。

 

なんだろね、僕は僕を表現したいというよりも、傲慢かもしれないけど、どうしたら人が救われるのか、また自分も救われるのか、どうしたら皆んな幸せになれるのか、また僕も幸せになれるのか、、、なんかそんな自分という内へのベクトルではなく、外へのベクトルへ向かってつくっているような気がするのです。。。

 

あくまで僕の場合だけど、僕は自己表現というところからどんどんと遠ざかっているように思うんです。。。

 

だから、どんだけインドを旅したって、結局、自分なんて無かったんだなぁ〜って。

 

ってか、自分なんて無かったとしてもいいんだよ!!!

 

あっ、でも、一つだけ!!!

 

若い時に、いろんな国や人に会って、いろんな経験、ほんとに死にそうなるような経験も、、、たくさん旅する事はいいと思うよ!

 

自分は見つからないけどねっ!